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2015年9月20日

Intel ISEFは、Intel International Science and Engineering Fairの略で、日本語では「インテル国際学生科学技術フェア」と訳される、半世紀以上続く伝統ある世界最大の中高生向け科学研究コンテストです。世界75以上の国と地域の科学コンテストに参加した約700万人から、国内の予選を勝ち抜いた約1700人の高校生(9-12grade)が自分たちの研究を披露しあい、総額5億円もの賞金も用意されています。2015年のIntel ISEFは、米国ピッツバーグで開催され、日本からは学生科学賞(JSSA)および高校生科学技術チャレンジ(JSEC)で選出された19名、13プロジェクトが参加しました。大会はデイヴィッド・L・ローレンス・コンベンションセンターにて、2015年5月10日から15日までの6日間の日程で開催され、科学技術研究の審査会だけではなく、多くの国際交流ができるイベントも用意されていました。今年からカテゴリ分けが変更となり、20分野へとカテゴリ数が増え、最新の研究状況により適したものになりました。

Intel ISEF2015体験記はこちら

DSC02933-2.jpg日本サイエンスサービスでは、日本代表ファイナリストに同行し、現地取材やファイナリストの発表のサポートを行いました。また、派遣の事前準備では、各コンテスト主催である朝日新聞や読売新聞、Intel ISEFメインスポンサーのインテル社とともに、スタッフが各研究を担当し、様々な面でのサポートを行っております。

日本代表、過去最多の優秀賞を受賞 

Intel ISEFでは、1000人を超える審査員が審査した数々の賞が授与されます。 その授与式は優秀賞と特別賞に分け、2日間に渡って行われます。部門ごとに共通の審査基準で審査される優秀賞(Grand Award)では、愛媛県立長浜高等学校の重松夏帆さんと山本美歩さん、千葉市立千葉高等学校の市毛貴大くんが4等に、宮城県仙台第三高等学校の門口尚広くんと宮城県仙台第二高等学校の遠藤意拡くんが3等に入賞しました。日本代表派遣団から4プロジェクトが優秀賞に入賞したのは今大会が初めての快挙です。優秀賞は、全研究のうち上位25%のすぐれた研究にのみ与えられるものです。また、授与団体ごとの独自の審査基準で選考される特別賞(Special Award)では、茨城県立並木中等教育学校の久保裕亮くんがアメリカ園芸学会賞3等に入賞しました。

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IMG_1856.jpegなお、最高賞に当たるゴードン・ムーア賞(Gordon E. Moore Award)に輝いたのは、カナダ代表のRaymond Wangさんの「Aircraft Cabin Airflow: Curbing Disease Transmission(航空機客室内のエアフロー: 機内感染の抑制)」でした。次点にあたるインテル青年科学賞(Intel Foundation Young Scientist Award)には、米国テキサス州代表のKaran Jerathさんとカナダ代表のNicole Sabina Ticeaさんが選ばれました。

日本サイエンスサービスによる日本代表支援

ISEF 日本同窓会が主体となって2004 年に発足した、特定非営利活動法人 日本サイエンスサービスでは、今年もIntel ISEFに参加される日本代表の活動支援を行いました。Intel ISEFは、米国での開催で、使用言語はもちろん英語の上、日本とは科学研究の習慣やルールも大きく異なり、参加される高校生にとっても大きなハードルとなります。日本サイエンスサービスでは、過去にIntel ISEF等の科学自由研究コンテストに参加したOB・OGが直接、日本代表の高校生のお手伝いを行っています。特に、大学生・大学院生が中心のため、高校生にとってより身近な存在として感じてもらえると考えています。

2015年は、Intel ISEFファイナリスト向け各事前研修会への講師派遣、インテル社でのIntel ISEF事前研修会の企画運営・スタッフによるサポート、大会参加までの半年弱のメール等による書類・ポスター作成・研究発表全般のサポート、Intel ISEFピッツバーグ大会へのプレススタッフ派遣 、三省堂より出版されたIntel ISEFをはじめとする科学自由研究コンテストを目指す生徒のための邦訳本中高生のための科学自由研究ガイド」の翻訳などの活動を行いました。

_DSC0408.jpg特に、2015年3月27日から30日にインテル東京本社およびつくば本社で行われた、事前研修会では、日本サイエンスサービスから24名のボランティアスタッフが参加し、合宿形式でファイナリストの準備を集中的にサポートしました。研修は、Intel ISEFでの審査や書類作成についての説明を受けたのち、ネイティブトレーナーによる英会話指導、そして実際の発表原稿の作成や発表練習というスケジュールで行われました。発表の構成は、ファイナリストとNSSスタッフ、ネイティブトレーナーがチームとなって検討することで、より実践的なものとなるようにしています。Intel ISEFでは、一方的な説明よりも、双方向の積極的な議論が求められることが多く、特に質疑応答の部分に力をいれて、練習をしていました。最後には、壮行会が開かれ、ご来賓の方々から激励のメッセージをいただきました。詳しくは下記の記事をご覧ください。

日本サイエンスサービスからは、毎年現地にスタッフを派遣し、ファイナリストの撮影を中心とした取材および広報活動やファイナリストの発表をサポートしています。撮影したファイナリストの写真は、新聞やテレビといった各報道機関でご利用いただいています。現地では、TwitterなどのSNSによるリアルタイムの情報配信や1日のまとめをISEF.jpに掲載いたしました。今年は、プレスとして2009年ファイナリストの宇山慧佑、2012年ファイナリストの鈴木麻衣子、同じく井戸川直人がピッツバーグでのIntel ISEF2015に参加しています。

大会期間中の記事一覧

(禁無断転載・コピー: 掲載写真はすべて日本サイエンスサービスによるものです。写真提供も行っておりますので、お問い合わせください。)

Intel ISEF 2015 体験記

_DSC3993.jpg今年のIntel ISEF参加者のみなさんに大会に参加した感想や経験談をまとめてもらいました。参加した人にしかわからない、大会の興奮が伝わってきます。多くのファイナリストの方は慣れない英語で研究を発表、そして研究者の審査員と議論する難しさを体感されたようですが、その一方で自分の研究を伝えることの楽しさもそれ以上に学ぶことができたようです。来年以降の大会に参加してみようと思われる中高生の方は、ぜひ体験記をごらんください。

ISEF ~世界への扉~

Project Title: Highly Precise Phase-Locked Loop DC Motor Control System with a Reduced Number of Parts

  千葉市立千葉高等学校 市毛 貴大

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「あの子の英語で大丈夫なの?」と先生方から言われるほど私は英語が苦手です。今回ISEFに選出され、海外へ初めて行くことになりましたが、自分の英語力で大丈夫なのだろうかという不安でいっぱいでした。

ISEFへの出発当日、準備はしっかりとしてきたつもりでしたが、英語に関しては不安を残しての出発となりました。初めての飛行機に乗る感動もつかの間、想定質問の確認をしなくてはと、私の頭の中はプレゼンのことでいっぱいでした。そして途中乗り継ぎでの遅れもありましたが、長いフライト時間を終えて、無事ピッツバーグに到着しました。

到着してからは会場でブースセッティングがあります。ISEFのブースチェックの基準は厳しく、当初の装置では基準に適合しませんでした。そのため、出発前に基準に合わせて装置を作り直し、また、UL規格に準処しない測定器をUL規格のアダプタで使えるように改造するなどの準備をしてきました。そのため、ブースチェックが通るかどうか気がかりでした。実際のブースチェックでは、著作権表示や機器の使用電圧などに関することを聞かれましたが、現地スタッフの通訳もあって、無事クリアすることができ一安心しました。

ISEFの開催期間中にはピンバッジ交換やダンスパーティーなど、他にもたくさんのイベントがあり、様々な国の人と交流できます。審査の前日までパーティーをすることに、私は驚きました。パーティー会場では、みんなが盛り上がる中、私は明日のプレゼンのことばかり考えてしまい、楽しむどころではありませんでした。その日の夜は明日に備えて早めに就寝するつもりでしたが、最終チェックのため深夜になってしまいました。

とうとう審査当日がやってきました。私は、自分の研究を、相手の目を見ながら簡潔に伝えられるように心掛け、「今までやってきたことに自信を持て!」と自分に言い聞かせて本番に臨みました。会場入りしてからは一時間ほど空き時間があり、その間に審査員が来るスケジュールを確認しました。私の場合は午後に審査が集中していたので、午前に行われる他のファイナリストの審査の様子を見て、それを活かそうと考えました。実際の審査では、開始時刻前にスペシャルアワードの審査員が来てしまい少々焦りましたが、相手が自分の話を理解しているのか目を見ながら確認し、大きな声で発表することができました。このことは、後のグランドアワードの審査の練習になりました。説明は基本的に自分で行い、質疑応答もほとんど自分で行いましたが、言いたい単語がわからない時には、通訳の方に教えてもらい、返答するという方法で行いました。回数を重ねるにつれて、伝えることが楽しくなっていきました。また審査員が最後に「シンプルなところがいいね。」と言ってくださった時には、自分が一番伝えたかったポイントが伝わっていると実感でき、達成感が生まれました。最終的に10名の審査が終わり、今までの緊張感から解放され、笑顔で会場を後にすることができました。

翌日は一般公開日です。一般公開日では予めポスターを読んだ審査員が来るわけではなく、地元の子供達や一般の人達が来ます。その人達に自分の研究を伝えることができるのか心配でした。しかし実際にプレゼンを始めると、通訳の方がいなくても、なんとか研究内容を伝えることができたのではないかと思いました。また聞き手の理解度に合わせて説明方法を変えることが重要だと思いました。

そして一般公開日の夜はスペシャルアワードの表彰式があります。スペシャルアワードの審査員は、審査前に私のブースに10名ほど来ていたようでしたが、審査当日には1名しか来ませんでした。そのため、スペシャルアワードは期待できず、結果は予想通り選ばれませんでした。

翌日はいよいよグランドアワードの表彰式です。スペシャルアワードでは賞をとることができなかったこともあり、グランドアワードでは入賞できるのかという不安で、さらに緊張していました。そして、自分の部門の発表が始まりました。4等で"Takahiro Ichige"と自分の名前が呼ばれた時には嬉しさのあまり、思わずガッツポーズをしてしまいました。ステージに上がった時は、今まで頑張ってきたことが報われた瞬間でした。

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ISEFを終えて感じたことは、自分のつたない英語でも、伝えたいという意思があれば伝わるということです。そしてISEFはものすごく大きな大会でしたが、自分が想像していたような堅苦しいものではなく、世界中の人たちと楽しく交流することができる場であるということを感じました。このような大会に出場出来たことは、人生においても大変貴重な経験だと思います。また、そこで入賞できたのは、JSEC、NSSの方々をはじめ、多くの先生方やISEFに同行してくださった方々、そして通訳の方達あってのことです。心よりお礼申しあげます。

私はISEFで世界への扉を開けたばかりです。その先には世界レベルの研究がまだまだたくさんあることを垣間見た気がします。そして、これからは扉の中に一歩踏み込んでいきたいと思いました。ISEFで経験したことを活かし、グローバルな社会で活躍できるように頑張りたいと思います。

Intel ISEFに出場して

Project Title: Colorization of Monochrome Photography without Coloring Samples

  奈良女子大学付属中等教育学校 上田 樹

IMG_9975.jpegIntel ISEFに参加して僕は、各国の代表者と海外で発表するという、日本にただ暮していては想像もつかなかったような体験をしました。そしてそれは、これから僕がどうしていくかを変えるほどの、大きな経験になりました。

僕がISEF派遣を知らされたとき、僕はまだ受賞したという実感すら湧いていませんでした。日本大会のファイナリストになれただけでも嬉しくて、よもや世界を舞台に研究発表ができるとは思ってもいなかった大変な事態です。そのため当分の課題は想定していなかった英語力になりました。

ISEF前には研修合宿があり、他のファイナリストの方々と対面しました。合宿では英語発表についての指導を受けて、それまでの対策の甘さを実感しました。この合宿がなければ議論にならなかったのではと思うほどです。また一方で、厳しい英語三昧の一週間の中で、ほかのファイナリストとかなり親しくなることができました。皆が同じ目標があり、支え合える仲間たちで、その一員に成れたことを嬉しく思っています。

ISEFの期間中は、毎日のようにパーティーがありました。理系の大会ですからお食事会のようなものをイメージしていたのですが、その予想はいい意味で裏切られました。初日のピンバッジ交換では、飛行機の時間上ぎりぎりに入ったものの、時間を過ぎても平然とバッジを渡しツーショットを要求する外人のテンションに乗せて頂き、乏しい英語力ながら無事多くの人と知り合うことができました。また審査前日にダンスパーティーがあり驚きましたが、いざ行ってみると初対面の人と飛び回るのが面白くなり、言語の壁などない踊りを存分に楽しませていただきました。日本人からすると驚くことが多かったですが、緊張せず堅苦しくない発表をして、他のファイナリストたちと大会を「楽しもう」とする考え方はすごくいいなと思いました。

ISEFでの発表は、日本の「発表原稿を読む」ようなものとは全く違っていました。短い発表の時間を、質問と議論に充てられ、また質疑の内容も専門的な方式であったり、プログラムのコードであったり、具体的な利用価値であったりと、学生ではなく研究者として扱ってもらえているのを感じました。僕の研究は白黒写真をカラー化するというものですが、是非使いたいと喜んでくださる審査員の方も多く、嬉しく思いました。しかし、内容として伝わり切っていないように感じることも多く、「議論」であることをもっと意識するべきだったと後悔しています。僕は結果として何も受賞はなかったのですが、それは発表が日本の時のように「一方通行」に近かった点が大きな原因だと思っています。

僕はこのIntelISEFで、世界中のファイナリストと同じ場で発表しました。驚きもあり、楽しみもあり、そして悔しいこともありました。共に発表した日本代表チームという、最高の仲間もできました。世界の舞台に初めて立って失敗もして、大きな目標もできました。僕はまたいつか、世界の舞台で発表し、多くの人と関わり、多くの人を喜ばせたいです。その険しいであろう道を、僕は楽しみにしています。

支えてくれた皆様、ありがとうございました。

研究する仲間に国境はなかった

Project Title: Landslide Forecasting: Contour Shape as a Major Factor in Slope Failure

宮城県仙台第二高等学校 遠藤 意拡

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今でも、目を閉じるとインテル国際学生科学技術フェア(ISEF)2015のグランドアワード表彰式で名前を呼ばれた瞬間へとタイムスリップしたように、鮮明にあの時の会場の雰囲気や感情が思い起こされます。一歩一歩踏みしめるようにステージに向かいました。ステージからは日本チームが見えました。グッと胸が苦しいほどに締め付けられ、賞を頂きこの場所に立てた感動と、お世話になった方々と日本チームの仲間への感謝で胸が一杯になりました。私にとって一生忘れられない体験になりました。

ISEFに参加させて頂き、強く感じたことの1つとして研究をする仲間として世界には国境がないと感じました。世界中の方との交流の場を設けてもらえたこともあり、たくさんの方と交流することが出来ました。初めて会った人とこんなに打ち解けられるものかとびっくりしました。国の違い、文化の違い、言葉の違い、色々な違いはあるのに研究という点での繋がりはその違いを全て関係なくしてしまうのです。とても素晴らしいことだと思いました。みんなが、「国境なく研究をしたいし、国境なく研究の成果で人々の役に立ちたい」という同じ気持ちだと感じました。とても大事なことだと思います。会話の多くは、研究の事でした。研究の大変さや、苦労、楽しさ、発見など同じ経験をしてきたからこそ、分かり合えるのですね。勿論、日常会話もしました。研究のことだけでなく、他国の文化や学校の事など色々な事を話ました。漫画の話とか、洋服はどんなのが好きだとか、音楽の話、大学どうしよう?などと悩んでいる人もいて、凄い才能の人ばかりだと思っていたので、自分と変わらないのだと安心した部分もあります。

研究に関しては、レベルがとても高く、同じ高校生とは思えない研究ばかりでした。研究環境や研究装置、研究材料にも驚きました。スポンサーの話をしている人もいました。特許を取った人がいるなんて話も聞いて、驚くばかりでした。また、自分の研究に関しても様々な人から、違う角度での考えやアドバイスも聞けて、とても有意義な時間を過ごさせてもらいました。価値観も広がったように思います。審査員の方も、気さくに話してくださいましたし、アドバイスもたくさんしてくれました。それにとにかく褒めて下さいました。将来の話までしてくれました。このような機会をもっと経験したいと思いました。分野を問わず、いろんな研究を見ることは大切だと感じました。これからの自分の研究も大きく変えられると思いました。国境に関係なく研究ができ、国境に関係なく世界の人々に役立てられることを願っています。

最後になりましたが、この体験で学んだことを今後の研究に生かしていくことで、お世話になった方々への感謝の気持ちとして恩返し出来ればと思っています。本当に有難うございました。感謝しかありません。

憧れの舞台へ

Project Title: Longitudinal Incisions of Dandelion Roots Adhere at the Xylem and Not at the Phloem Plants have

水城高等学校 樫村 理喜

_DSC3417.jpg中学3年生の頃、私が受講している筑波大学の次世代科学者育成プログラムの先輩であった矢野さんや井戸川さんがISEF行ったという事を知って以来、ISEFの舞台に立つことは私にとっての憧れだった。「僕もいつか...」と思っていた。

そして高校生になり、JSECに論文を書いて送るも予備審査で落ちて諦めかけた。今回もしJSECの最終審査に残らなかったらその時点で研究を辞め勉強に専念しようと心に決めていた。

そして今年最後のチャンスであるJSEC最終審査まで通った。最終審査に至るまでは筑波大の先生に色々とご指導を受けた。そして、私は変に緊張せず自信を持って全力でプレゼンをした。結果、朝日新聞社賞を受賞し、ISEF出場が決まった時は嬉しかった。家族みんなが祝福してくれた。特に涙もろい父は電車の中で号泣していたそうだ。僕も同じく新聞社の人に取材を受けているときに嬉しさのあまり感極まって泣いた。小2から研究してきて一番うれしかった。なおかつ、私にとっての憧れであった矢野さんと井戸川さんと同じ会場であるピッツバーグという事も嬉しかった。

ISEF出場が決まった喜びもつかの間、その道のりはとても険しく、厳しいもので楽なものではなかった。英語の苦手な私が、英語でAbstractやResearch-planを書くのはとても辛かった。私の英語の文章はNSSの担当者を相当困らせ、締め切りは大幅に過ぎ、ようやく完成にこぎつけた。アメリカに行くことはけして簡単ではなかった。

アメリカに着いてからは、ほとんど緊張しなかった。片言の英語を使って各国のファイナリストと話すこともでき、色々な国の文化を垣間見ることができた。特にタイの人に母から教わったタイ語を少し話したときはかなりウケてダンスパーティのときも一緒に楽しく踊るほど仲良くなることができた。発表のときもリラックスを心掛け気負わずになんとかこなせた。

しかし、入賞という結果が残せず、自分のために力を尽くしてくれた大学の先生方やNSSの方々に申し訳ないという気持ちが大きく、ブースを片づける際にも何とも言えない気持ちになった。

だがそれは、時間の経過とともに自分は頑張ったという気持ちへ変化していった。「僕は自分の今持っている力をすべて出し切った。」とはっきり言える。

帰国し、元の生活に戻った今、「もう一度あの舞台へ立ちたい」と思うことが多くなった。

NSSの法被とひょっとこの面の影響かもしれないが、かなりの大盛況で、大勢の人たちが私の研究に興味を示し、色々な質問をしてくれ、私の答えに納得し帰っていった。もしかすると僕の発表を着てくれた人々は僕の研究を認めてくれたのかもしれない。「私は自分の今持っている力をすべて出し切った。」とはっきり言える。

止まっていた研究を再開した。これからも苦しいことは多くあると思う。しかし、ISEF日本代表として出場した仲間はもちろんだが、世界中のISEFのファイナリストが、今も頑張っていると考えると、前に向かって進もうという大きな力を自分に与え続けてくれると思っている。また、日本代表として出場したものとして誇りを持って研究に邁進していきたい。

最後に、今回のISEF出場にあたり僕の研究に携わってくださいましたNSSの方々、JSEC事務局の方々、筑波大学の先生々に感謝の言葉を申し上げたいと思います。

 

ISEF体験記に似た何か

Project Title: Color Change of Copper Foil by Oxide Thin Layer Formation

宮城県仙台第三高等学校 門口 尚広

_DSC5214.jpg日本学生科学賞で全日本科学教育振興委員会賞を頂いたとき,自分はまだ高校1年で研究を始めてから1年もたっていない状況だったのでその凄さが全く分からず,秋篠宮ご夫妻のご内覧に参加できず悔しいとしか思っていませんでした(自分より一つ上の賞からは参加できます)。そんな風に考えていた自分だったのでISEFに派遣され,英語でプレゼンしなければならないと聞いてもこれといって何も感じませんでした。

そんな中ISEFに必要な英文アブストラクト,リサーチプラン,ポスターの製作が始まったのですが,自分の書いた英文があまりにも稚拙で学生科学賞の総合委員の先生に頼りっぱなしでした(総合委員の先生が英文の添削をしてくださいました)。さらに英語の発音のアクセントまで指導して下さり,どうにか英語でプレゼンできるようになりました。そしてその勢いのまま妙な自信を持ってピッツバーグに出発しました。

ピッツバーグは自然の多いのどかな町でとても過ごしやすいところでした。会場についてからは登録をしてファイナリスト全員に配られるメダルを貰った後,ブースの設営をしました。本当は自分の研究題材である銅箔を展示したかったのですが,化学変化しているものは100%安全という証明ができないと展示できないということで展示できませんでした。

ピンバッジ交換会ではひたすらDo you have pin exchange? と聞きまくり,ピンバッジを交換しまくりました。その時に仲良くなった人とメールアドレスを交換し,今でもやり取りしているので世界中の人と仲良くなれるいい機会でした。2日目は通訳さんとの本番の審査にむけたプレゼン練習があり,質疑応答の対応法を伝授してもらいました。その後オープニングセレモニーが行われたのですがとにかく派手なセレモニーで「これがアメリカ式か」などと考えていました。3日目は審査前日ということでプレゼン練習にも熱が入りました。プレゼン練習を終えて会場を出ようとしたときに,偶然ノーベル賞受賞者が自分のブースの前を通りかかったので一緒に写真を撮ることができました。とても感激しました。その後はウェルカムパーティがあり世界中のファイナリストが輪を作って踊り狂っている中に入り飛び跳ねていました。審査の前日に踊り狂っているなんて日本では絶対に考えられないことですが,アメリカ式にならって飛び跳ねていました。踊りつかれると会場の外に出て各国のファイナリストとお互いの国や研究の話をしていました。そこで海外の人の科学に対する興味の大きさが日本とはかけ離れているということを感じました。

4日目はいよいよ審査です。事前の練習と通訳さんがいて下さったおかげか全く緊張することなく審査に臨め,いいプレゼンができました。審査員にはクールな研究だと言われまくり,自分の研究が海外でも認められてとても嬉しく感じました。5日目の一般公開では地元の小学生たちが自分の研究に興味を持ってくれて,一度聞きに来た小学生が親を引き連れてもう一度来てくれました。アメリカの小学生たちのエネルギーに圧倒された後,特別賞の授賞式が行われました。そこでは自分の名前は呼ばれませんでしたが,6日目のGrand Award授賞式では化学部門3等で自分の名前が呼ばれました。自分の研究が海外で高く評価されたということでとにかく嬉しかったです。また,同じく宮城県から出場している遠藤君も受賞したということで言葉に表せないくらい感激しました。感無量でした。

ISEFに行く前は高校生が科学研究をする意味を考えたことがなかったのですが,ISEFで世界中の科学研究を行う高校生と話して,考えるようになりました。今考えると,学生科学賞やISEFそして普段研究を行っている時に得た経験はどれもかけがえのないもので,普通に生活していては得られないものです。この経験をこれから糧としてこれからも様々なことに挑戦していきます。

最後にISEFに参加するにあたって様々な支援をしてくださった読売新聞のみなさま方,NSS,JST,総合委員の先生,高校の先生方,本当にありがとうございました。

 

Intel ISEF参加を通して得たこと

Project Title: The Role of Ethylene in Cotyledon Curling of Japanese Radish (Raphanus sativus var. longipinnatus)

茨城県立並木中等教育学校 久保 裕亮


_DSC2433.jpg今回のIntel ISEF参加を通して、多くの初めての貴重な体験ができ、また様々なことから刺激を受けました。僕は中学生の頃から研究を始め、発表会にもいくつか参加していましたが、賞をとることはほとんどありませんでした。Intel ISEF知ったのは高校生になったときで、そのとても華やかな雰囲気に驚きましたが、自分がそこに出られるとは全く思えませんでした。しかし好きな研究を続けた結果、高校2年生でやっと成果が出るようになり、最終的にISEF出場が決まったときは本当にうれしかったです。準備では、アブストラクト・リサーチプランの作成や、原稿の作成において、自分の研究を英文にすることに非常に苦労しました。書きたいことを英語で簡潔にするのはとても難しかったです。発表練習については、練習会の他に放課後に学校のネイティブの先生に見ていただくことができ、会話になれることができたので少し自信が付きました。また、他の日本代表の方とは本番前から会う機会が何度かあり、研究を聞いて刺激を受け、またとても仲良くなれました。研究のこと以外にもたくさん話ができ、本当に良い仲間ができてうれしく思います。自分と同じように研究に打ち込んでいる仲間に出会うことができたことはとても良い経験になりました。

Intel ISEF本番では、多くの貴重な体験をすることができました。まず、友達が世界にもできました。世界中のファイナリストとの交流の機会が多く、特に同じPlant Science分野のファイナリスト達と、お互いの研究のことや国のことなど様々な話をすることができました。隣のブースの方とは良い友達になれました。研究内容については、食糧危機を解決するための研究がいくつかあり、社会問題の解決につながるというスケールの大きさに驚きました。僕が日本でよく見る植物の研究はほとんど基礎研究でした。僕の研究も同じで、社会への応用の可能性が大きくないので応用面は強調しなかったのですが、世界を食糧危機から救うことを目的とした、一言聞いてすごいと思えるような研究が同じ高校生の間で複数行われていることに刺激を受けました。審査については、審査員と英語でディスカッションするということに不安がありました。しかしISEFの審査員は皆優しく、こちらを褒めて盛り上げてくれる方ばかりで、説明に対するリアクションも大きかったです。そのためとても楽しく審査員とディスカッションすることができました。また自分の英語の説明がしっかり通じたことも自信につながりました。結果、アメリカ園芸学会に賞をいただくことができたことは本当に良かったです。周りに面白そうな研究がたくさんある中で、自分の研究が国際大会で興味を持ってもらえたことを本当にうれしく思い、感謝しています。

Intel ISEF参加して、行く前に思っていたよりもたくさん楽しむことができました。そして世界レベルの研究に刺激を受け多くの経験ができました。この経験を生かして、今後も研究に楽しく打ち込みたいと思います。

イソギンチャクと5ヶ月間

Project Title: Mg ions in the skin mucus of anemone fish block nematocyst discharge of sea anemone to its symbionts

愛媛県立長浜高等学校 重松 夏帆

_DSC3300.jpgISEF2015 への参加が決まった瞬間、私たちチーム・ニモは手を叩き合って喜びました。世界の舞台で自分たちの研究を発表することができる!そう思うと、 喜びと不安で胸の中がいっぱいになりました。 春休み中に行われた研修会では、英語でのプレゼンテーション、質疑応答を特訓しました。NSS の方達に支えられて、やっと、たどたどしくではあるけれど、 使いそうな英語表現を身につけることができました。 そして、ISEF に参加する予定のメンバー達と顔を合わせました。日本中から、 高校生の研究者たちが集結している、そして自分たちがその中にいると思うと、 急に不安に襲われました。世界の舞台に立つ、ということがどれほど大変で、すごいことなのかを感じました。 研修はあっという間に終わり、学校に戻ると、すぐに英語での質疑応答練習です。想定問答集を作成して、先生方と、毎日遅くまで練習を重ねました。なんどもなんども繰り返し練習を行うと、なんとか英語で話せるようになりました。ただ文を覚えるのではなく、自分の頭の中で英文を構築して話すことが少しできるようになりました。そして迎えたグランドアワードの授賞式、アニマルサイエンス部門で私たち2 人の名前が呼ばれました。その瞬間のことは、はっきりと記憶に残っています。そして、一生忘れられません。今まで応援してくださった多くの人がいたから、そして顧問の重松先生、門田先生がいたから、頑張れました。 そして、私の研究パートナーでもあり、友人でもある山本さん。山本さんがいたから、こんなにもこの研究が素晴らしいものになったんだと思います。感謝しています。 私は研究が大好きです。そして、その研究を通して深く関わり合ったカクレク マノミやイソギンチャクも大好きです。自分で不思議に思ったことを自分の手で解明すると、他では得られない発見と知識が得られます。だから、これからも私は研究を続けます。そしていつか、私たちの発見を見て、高校生、中学生たちに研究を始めて欲しいです。

Intel ISEF 2015に出場して

Project Title: Enhancement of antibacterial activity by starch under oligotrophic culture condition for an actinomycetes strain isolated from schoolyard soil

埼玉県立春日部女子高等学校 竹内 里奈

_DSC3134.jpgIntel ISEFの派遣が決まったときは本当に驚きました。事前研修会では、いろいろと教えていただき、自分たちの研究についてさらに理解を深めることができ自信につながりました。ISEFに向けての準備は、英語での質疑応答の練習など非常に多くのことがありましたが、3名で協力して取り組み、この期間に私たちなりに大きくステップアップできたと思います。

ISEF本番の初日は、驚くことばかりで戸惑うこともたくさんありました。他国の人達との交流は思いのほか楽しく、ピンバッチ交換ではたくさん交換できたので良かったです。ダンスパーティーもいろいろな人と交流できました。多くのイベントが企画されていて、審査の前日の夜までイベントがあったことも驚きでした。また、他国からの参加者の盛り上がり具合にはさらにびっくりしました。

審査当日は、準備を十分にして臨んだためかあまり緊張せずにすみました。個人的には良く発表できたのではないかと思っています。しかし、英語力の不足は否めませんでした。たまたま、英語での表現の仕方について、隣のブースの人が私達にいろいろとアドバイスをくれたことは嬉しかったです。参加者がみなフレンドリーなことも印象に残りました。審査が終わり、結果を待つだけとなってからは、安堵感と達成感が残りました。

次の日の一般公開は、予想以上に多くの人々が私たちのパネルに来てくれて、審査のときとは違った意味で緊張しました。いろんなブースを見ることも楽しかったし、交流もできました。

最終日の観光では、安堵感から大いに楽しむことができました。アメリカでの1週間はまさに別世界で、かつて私が経験したことのない未知の体験をさせていただきました。科学研究で、このように大規模なイベントになることが驚きでしたし、海外の仲間のパワーには圧倒されました。また、日本代表のファイナリストといろいろ話をして仲良くなれたこともよい経験になりました。

派遣が決まってからISEF本番までの期間はかなり長いものでしたが、いざ終わってみると短かったようにも思います。入賞を果たせなかったことは残念でしたが、私たちなりに十分に取り組めたので満足はしています。今回の派遣では、私たちを支え応援してくれた人がたくさんいました。ISEFに参加できて本当に良かったです。お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

Intel ISEF 世界への挑戦

Project Title: Effect of Eggshell Membrane on Inhibiting Food Discoloration

米子工業高等専門学校 田原 早央莉

_DSC3442.jpg「ついにここまで来たか...」

私がピッツバーグの地に足を踏み入れた時、思わず呟いた一言でした。思えば、ISEFに参加するまでの道のりは長いようで短く、そして苦労しながらも輝いていた日々であったと感じています。

私はJSECで花王賞を受賞し、Intel ISEFへの参加権を得ました。参加が決定した瞬間の、言葉では言い表せないほどの胸の高まりは今でも覚えています。しかし同時に、本当に自分でいいのかという不安も心の中にありました。ISEFは、私の所属している同好会で初めてその存在を知り、「高校生の科学の世界大会か...、すごいな。」程度に思っていたので、まさか私が参加できるとは本当に驚きでした。

それからの日々は、すべて英語での資料作成、新聞やテレビの取材対応など、私のスケジュール帳が全てうまるぐらいの忙しさで怒涛の4か月でした。その中で私が一番苦労したこと、それはやはり英語でした。普段あまり英語に触れることのない私にとって、英語漬けの毎日はとても大変なものでした。しかし、私の研究は日本人に限らず世界中の人々の身近にある「卵」をテーマとしたものです。そのため、様々な人に面白いと興味を持ってもらえるように分かりやすく伝えることを常に心がけていました。

そして、あっという間にIntel ISEFへの出発日を迎えました。最初は、大きな不安と期待が入り混じる複雑な思いを抱いていましたが、到着すると毎日がお祭り騒ぎで不安なんてすぐに吹っ飛び、楽しむことが出来ました。ピンバッチ交換会やオープニングセレモニーなど、たくさん行われるイベントは一つ一つの規模が大きくて、さすが世界大会だなと圧倒されるばかりでした。世界中から集まったたくさんの高校生はみんな自信に満ち溢れていました。そのような人たちとの交流は本当に楽しくて、国とか関係なくたくさん友達を作ることができました。今でもSNSで交流し合うぐらいです。また、私たちは支給されたピンバッチ以外に独自に作成した折り紙や缶バッチも300個程度持って行ったのですが、そのほとんどを配ることが出来ました。貰ったたくさんのピンバッチと一緒に撮った写真は私の一生の宝物です。本当にイベント全てが、充実したものでした。

そして、審査の日となりました。私は、ちゃんと審査員の方に伝えたいことが伝えられるか本当に不安で、緊張していました。実際には、英語に詰まり通訳の方に頼りっぱなしの場面もありましたが、審査員の方々は笑顔かつ真剣に優しく聞いてくださり、徐々に緊張がほどけ発表することが出来ました。通訳の方が一緒にいてくれて本当に心強かったです。また、発表し終わると審査員の方に「僕はこの研究が好きだ。」とか「着眼点が素晴らしい。」などとたくさんのお褒めの言葉をいただいたり、私の研究の審査を担当していない審査員の方も何人か合間に来てくださったり、本当にうれしかったです。ノーベル賞を受賞された先生も見に来てくださって、とても光栄に思いました。片言な英語でも、相手の目を見て一生懸命発表し、熱意を伝えることが大切だと分かりました。

結局、私たちは受賞することができず、正直悔しくて涙が溢れました。世界の壁は厚いと感じました。しかし、この大会で得られたことは多く、ISEFに参加できたことだけでも満足だと今では感じています。

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ISEFは、私にとってとても貴重経験になりました。ISEFに参加したことは、私の誇りとなり、自身に繋がりました。また、たくさんの人と触れ合うことで自分の視野が広がり、自分を見つめなおすきっかけになったと思います。世界のトップレベルの高校生の研究を間近に見ることが出来て、科学に対する関心がさらに強くなったと同時に、今のままの自分ではだめだと思いました。もっと基礎から勉強し直して、世界に通用する研究者になりたい、これが私のこれからの目標となりました。

私がここまで来ることができたのは、本当にたくさんの人のサポートがあったからだと感じています。いつも私を支えてくれたメンバー、いつも応援してくれた友達や家族、最後まで的確なアドバイスをくださったNSSの皆さま、ISEFまでサポートしてくださったJSEC事務局の皆さま、そして熱心に指導してくださった先生や先輩方、等その他にもたくさんの方々にお世話になりました。私は本当に素晴らしい人と環境に恵まれたと思います。感謝してもしきれません。本当に、本当にありがとうございました。

振り返ると、研究をし始めてからIntel ISEFまでの期間は全力疾走でした。素晴らしい青春の日々だったと、どんな人にも胸を張って言えると思います。

ISEF 7泊155日の道のり

Project Title: Reductions in Hydrogen Detonation Velocity and Range Through the Addition of Incombustible Gases Composed of Polyatomic Molecules

芝浦工業大学柏高等学校 土田 誠

IMG_0050.jpeg第66回Intel ISEFへの参加が決まった瞬間驚きを隠せませんでした。まさか自分の研究がそこまで評価してもらえると思わなかったからです。ここでは自分がIntel ISEFで経験したことを簡単にではありますが書きたいと思います。

ISEF本番までの準備にはかなり苦労しました。もちろん約半年の準備期間の中で英語でプレゼンをしようとすれば当たり前かもしれないですが。新年を迎えて早々に自分の研究のアブストラクトを書かなければなりませんでした。もちろんすべて英語で書かなければならないのでかなり手こずったのを覚えています。立て続けにリサーチプランも書かねばいけなく、文量もアブストラクトよりかなり多かったです。

そしてあっという間に3月下旬になり筑波でファイナリストが集まる研修会が行われました。

他の人たちはみんなすごい研究をしていて飛び抜けている人たちが集まっているのだろうと思いながら研修会に参加しました。最初はみんなお互いに緊張していてほとんど話しませんでしたが、最終日までにはみんなで協力しながら作業するなどとても仲良くなっていました。研修会では日本語と英語のプレゼンの違いやポスターの内容を考えるなどで夜遅くまでパソコンで作業していたり、NSS(日本サイエンスサービス)の方に相談したりなどなかなかにハードな研修でした。

研修後はポスター作製にとりかかったり、英会話教室に通い質疑応答の練習などをしました。

そしてあっという間に当日をむかえました。英語で発表するという不安と、いろいろな文化を持った人に会えるという期待がありました。発表する会場は自分の想像をはるかに超える大きさでした。ここにきて初めて世界大会のすごさを実感することになりました。そして自分のブースセッティングもあっという間に終わり、審査当日をむかえました。思っていたよりも緊張していませんでした。1コマ15分のプレゼンも、一生懸命審査員に伝えようとするとあっという間に時間が過ぎ、1日が短く感じました。結果は賞を取ることができませんでしたが自分的には満足しています。もちろん反省点などはたくさんありますが、自分の伝えたいことが相手に伝わっているのがしっかり感じ取ることができ、すごいうれしかったです。ただ、相手の質問が聞き取れないということが何度かあり、通訳の方に手をかけてしまったことも多々あり少し悔しさが残っています。質問の内容も日本とは異なり、研究の将来の展望の話などが多く、ディスカッションに近かったです。

アメリカのピッツバーグでの生活は夢のような1週間でした。学校の勉強を気にすることなく、毎日夜にはパーティーに参加し、様々な国の文化に触れることのできた1週間でした。そして自分を見つめなおすいい機会にもなりました。ただ楽しみにしていたピンバッチ交換会にあまり出られなかったのが残念です。今はIntel ISEF参加までの約半年間があっという間に過ぎ去ってしまい、達成感を感じるとともにすべてが終わってしまったという無気力感も感じています。少しさみしいです。今後、今の研究を続けていくかはわかりませんが、今までの努力、この貴重な経験は必ず役にたつと信じて自分の道を進んでいきたいと思います。

最後になりますが、Intel ISEFに引率してくださった方々、朝日新聞さん、NSSの方、通訳の方、顧問の先生、両親、そして日本のファイナリストのみなさんに感謝したいと思います。本当にありがとうございました。

Intel ISEFから得たもの

Project Title: Reducing the risk of misdiagnosis using new visualized method for ECG

岐阜県立大垣東高等学校 長野 楓

_DSC3214.jpg「無事にIntel ISEFを終えられて、本当によかった。」

ISEFが終わった今、心からそう思います。

2014年12月、私は日本学生科学賞にて科学技術政策担当大臣賞を受賞し、Intel ISEF 2015に参加することができました。はじめISEFのことを聞いたときは、正直嬉しさというよりは驚きと不安の方が大きかったのを覚えています。しかし、後々この大会についての情報を集めていると、ISEFはとても楽しい大会であることを知りました。また、私が調べた限りでは、私の研究が岐阜県初出場、さらに日本での医学・健康カテゴリー初出場の研究であると知り、不安を上回るほどの誇りを感じました。「自分が道を開くぞ!」という気持ちも強かったです。

最初の研修会が終わってからは、英語の勉強や資料作りがとても大変でした。しばしば資料の提出期限に遅れることもあり、申し訳なさとつらさを感じることありました。しかし、他のファイナリストやNSSの方たちと関わっていくにつれて、自分はひとりではないことに心強さを感じました。そして、約3か月の長い準備期間は過ぎていきました。

ISEFが始まってからは、驚きの連続でした。開催地ピッツバーグに到着して英語の難しさに戸惑っているうちに、ピンバッジ交換会が始まりました。私たち日本チームが法被を着た途端、「It's so beautiful!!」と言って、いろんな国のファイナリストが話しかけてくれました。中には日本が大好きな方もいて、笑顔で話してくれたことがとても嬉しかったです。交換するピンバッジもそれぞれの国の個性があって、すべてがキラキラして見えました。交換したピンバッジは私の宝物です。また、その後のダンスパーティーでも、日本では絶対に味わうことのできない熱気や外国の方のノリの良さに、良い意味で衝撃を受けました。途中で暑くなって法被を脱いでしまうほど、恥ずかしさを忘れて思いっきりはしゃいでいました。NSSの方には、法被がないせいで写真を撮る際ご迷惑をおかけしたようですが(笑)。

楽しい瞬間は時間が経つのが早いものです。ついに審査の日がやってきました。朝は緊張のあまり食欲がなくなってしまうほどでした。しかし、いざ審査が始まると、ジャッジの方たちはみんな私の話に一回一回笑顔で応対しながら聞いてくださって、真剣にジャッジの方と私の研究について議論することができるという嬉しさを感じながら、一生懸命プレゼンをすることができました。午前の部は、質問にあまりうまく応えることができませんでしたが、通訳さんの心強いフォローもあり、午後の部では午前に比べてだいぶ良くできていたと思います。ジャッジの方の中にも日本が大好きな方がいらっしゃって、一般公開日にもお会いできたことが大変嬉しかったです。長いと感じていた準備期間とは対照的に、審査の時間は一瞬で過ぎていってしまいました。

審査が終わっても、ISEFはまだ終わりません。その後のイベントも、ずっとワクワクしっぱなしでした。日本学生科学賞のファイナリストのメンバーは圧倒的に女子が多く、特に一般公開日では朝早くからみんなで集まっておしゃれができて、すごく楽しかったです。そして浴衣の人気はすごかったです。みんなで地元の方々と一緒に写真を撮ることができました。ウェルカムパーティーも男女年齢関係なく、みんなで楽しく遊ぶことができました。友だちもいっぱいできました。

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結果的には、私は受賞することができませんでしたが、一週間で得たものはとても大きく、そして私を成長させてくれました。最高級の水と土と光を得た花のような気分です。それでも悔しさが残るのは、私は語学力が大変乏しく、審査でのリスニングの多くを通訳さんに頼り、英語の説明も下手だったからです。これからの将来のためにも、特にプレゼン能力の向上と英語の勉強は欠かせません。ISEFで得た、私の課題だと思っています。

最後になりますが、私がISEFを通して得たものは、きっと両手では抱えきれません。つらいことも楽しいことも両方同時に経験できました。何かと不器用な私でも、無事にISEFを終えられました。これからはもっともっと自分に自信を持って、何事にも前向きに全力で取り組んでいきます。Intel ISEF、最高!!!

Intel ISEF 2015に参加して

Project Title: Enhancement of antibacterial activity by starch under oligotrophic culture condition for an actinomycetes strain isolated from schoolyard soil

埼玉県立春日部女子高等学校 奈良 恵

_DSC3083.jpg私はISEFの派遣が決まったことを知らされた時は、選ばれたことをすぐには信じられないくらい驚きました。けれども、自分たちの研究が評価されたことを本当に嬉しく思いました。大会に出られることはこの上なく名誉なことで誇りに思います。一方、派遣される事への不安もありました。特に、自分たちの研究の成果を英語で正しく伝えられて評価してもらえるか、かなり不安でした。

そんな中、ISEF参加のための初めての研修会が行われました。ISEFとはどんな大会で、具体的には何をすればよいのかなど、多くのことを教えていただきました。その後の研修会においては、本番を想定してのプレゼンテーション、質疑応答などしっかり練習を重ねることができ、それまで抱いていた不安の多くも解消され、「できる」という自信をつけることができました。研修会を通して、私たちは、ステップアップできたと思います。大変に貴重な場でした。また、ISEF出場までの準備の期間、先生方からいろいろアドバイスもいただきました。この期間を通して自分たちの研究の中身を深く掘り下げることもでき、自信をもって参加できました。

実際のISEFに参加したときは、大会の規模の大きさ、司会の方や参加した高校生の方たちの盛り上がりに圧倒されました。審査の日は朝からとても緊張していましたが、この4ヶ月間に積み重ねた取り組みの成果が試されるのだと思い、精一杯頑張りました。しかし、英語を母国語としている方たちの流ちょうな発音を聴き取るのには大変苦労し、英語力の不足を改めて感じました。そのような時、質問の合間を縫って隣のアメリカの方たちがアドバイスをしてくださり助けられたりもしました。まわりの支えもあって、審査の場はうまく乗り切ることができたと思います。

一般公開の日、私たち女子は浴衣を着て発表を行いました。地元の様々な年齢層の方たちが数多く訪れてくださいました。浴衣姿はとても好評で、多くの方が写真を撮っていかれました。研究内容への質問も審査日のものとは違って、一般の方々の興味の対象がわかりました。

今回、残念ながら入賞することはできませんでしたが、私たちにとって本当に貴重な経験になりました。英語でのプレゼンテーションとともに各国の高校生との交流会も大切な思い出になりました。今回の体験を踏まえて、今後更に質の高い研究をすることを目指したいと思います。

このたびは多くの方々にお世話になりました。関係者の方々、本当にありがとうございました。

夢をくれたISEF

Project Title: Simple and Inexpensive Method for Measuring Ozone Concentration Using Sodium Nitrite

大阪府立千里高等学校 西田 孝典

_DSC3029.jpg私は3年間理科研究部で活動を行いましたが,私が研究を頑張ろうと思ったのにはきっかけがあります。

私は高校一年生の夏に,はじめて高校生の研究発表をみました。その中にたまたまISEFのファイナリストの方の研究発表があり,私はそのレベルの高さに感動しました。「高校生でもこんな研究ができるんだ,僕もこんな研究がしたい!」そう強く思いました。

それから,より一層研究活動に励みました。その努力が報われ,高校最後の研究をJSECに出品したところ,富士通賞を頂き,ISEFに派遣されることになりました。アメリカで研究発表できると知ったときは夢を見ているようで,実感が湧きませんでした。改めて,高校一年生のときの憧れのファイナリストの方と同じ舞台に立つことになることに気づき,心が躍りました。それからは大学受験の勉強とISEFの準備とを両立させるのに大忙しで,あっという間に出国の日になりました。

日本からISEF会場のピッツバーグへの移動時間は,合計15時間。途中の経由地ダラスでは,天候不良で5時間以上の足止めとなり,ピッツバーグへの到着は予定よりかなり遅れました。時間がないので直接ピンバッチ交換会の会場へ向かいました。楽しみにしていたISEF初日のイベントのピンバッチ交換,とにかく声をかけまくりました。中には,「立てば芍薬,座れば牡丹,歩く姿は百合の花」という言葉を知っている外国人がいて驚いたりと,各国のファイナリストと楽しく交流ができました。

ISEF期間中は,毎日がお祭り騒ぎでした。オープニングセレモニーはとても盛り上がりました。審査前日のダンスパーティーでは,アメリカ人のファイナリストに振り付けを教えてもらいながら踊りました。普段,この様なことには参加しませんでしたが,一気にISEFの雰囲気に飲まれていました。

審査当日,一生懸命に英語で説明しました。練習のときに何度もアドバイスを受けたことで,当日はあまり緊張もせず伸び伸びと発表できました。興味を持つ審査員,研究を誉めてくれる審査員,励ましてくれる日本から一緒に参加したファイナリスト・・・とても嬉しかったです。一般公開の日では,他のブースのファイナリストとも積極的に会話しました。それぞれが,自分の研究に自信を持っていて,楽しそうに語ってきます。私も自分の研究に誇りを感じました。見学しに来た小学生や中学生もいました。私が高校一年生の時にそうだったように,発表を聞いたことで研究に対する励みになっていたらいいなあと思います。

最後に,これまで指導してくださった顧問の先生,NSSの方々,サポートしてくださった方々,本当にありがとうございました。多種多様な人との交流の楽しさ,これからの課題の発見など,たくさん勉強になりました。そして,たくさんのものが得られました。ISEF出場で,自分自身に自信がついたと思います。消極的だった私が積極的になった気がします。これは私の人生を変える大きな意味を持つと思います。

境界を超えることの難しさについて

Project Title: Honeybees build their comb cells without measuring the angles

小林聖心女子学院高等学校 平坂 優衣

_DSC4844.jpgISEFに参加して、印象に残ったことを二点ほど挙げる。一つは外国のファイナリストの自分の研究に対する圧倒的な自信である。ただ、これはあらかじめ予想していたので驚きではなかった。もう一つはそこではノーベル賞受賞者は尊敬すべき先輩であり、日本におけるような雲の上の「偉人」のような扱いは受けていないということだ。

今回私が選んだテーマにおける「偉人」はカール・フォン・フリッシュである。ノーベル医学生理学賞受賞者でミツバチの8の字ダンスで知られている。ISEF派遣候補になるまでは、結果的にこの方の仮説を否定することになるとは意識していなかった。大体、日本での認識は「ミツバチは120°を測ることができるのではないか」という仮説としての扱いではなく、「ミツバチは120°を測ることができる」という断定的なものである。さらには誰がこうした説を述べたかさえはっきりしない、通説となってしまっていた。ノーベル賞の権威に目がくらんだのか、あるいはドイツ語から英語、さらに日本語へと時間の余裕なく翻訳されたためか定かではない。科学において言葉の壁は意識されにくいが大きいものだと思う(今回は思い切り実体験させていただいた)。

ミツバチの巣がどのように形成されるのかという問題は古代ローマの時代から人の興味を引き付けてきた。最初に科学的に取り組んだのは17世紀の数理学者たちだった。数学の大きなテーマに「最短距離・最小面積」の問題がある。ここで数学者レオミュールがミツバチの巣室の形ができる条件に「(巣室は)最大体積、最小表面積の形である」という考えを取り入れた。数学者には取り組みやすかったのか、その後これが踏襲されることになる。結局、ダーウィンでさえも、自然淘汰の説明のためとはいえ、この考えに則ってこの問題に取り組んでしまっている。フリッシュは博識だったがゆえに、ミツバチに壁を作り始めから薄く作る能力や女王バチに巣室の直径を測る力があることを自ら証明しながら、同様に敷き詰め図形の図版を使って巣室の形について説明してしまったようだ。この説明はとても良くできていて、その後の研究者に数多く引用されている。その一人、Natureのライターで、ニュートラルな意見を述べているフィリップ・ボールでさえも、「大きな体積を得たいなら、直径を大きくすればいくらでも可能だ」と述べながら、この条件こそ、この問題が結論に至らない原因であることには気が付いていないようだ。

この問題を解決するためにはミツバチの立場に立って観察し、考察することが必要だ。ミツバチが必要としている巣室は2種類の一定の直径を持つ巣室である。オスメスの産み分けに関係する巣室の直径とその割合はミツバチ自身によって決定されなければならない。そして、この巣室の直径の違いは、既に150年前から養蜂家によって経験的に知られ、利用されているものだ。数理学者ヒルデブラントとトロンパは「この問題は演繹法では解決しない」と述べているが、観察を行わなければこの条件には気が付かない。数理学者はなじみのある「最小面積(最短距離)」の問題に帰結したし、ミツバチの大家であるフリッシュでさえ、むしろ深く学んでいたからこそ、数学的な条件にとらわれていた。慣れ親しんだ思考法を離れて考えることは、こうした大家にとっても難しいことなのだと感じた。

_DSC4993.jpgこうしたことは黙っていれば私だけが考えている「たわごと」で済んでしまったかしれない。ISEFという大きな舞台で発表する機会を与えてくださったことに感謝したい。ISEFの現場では自分の考えを自分の言葉で伝えることができたが、一方で残念なことにグランドアワードのジャッジの半数があらかじめポスターに目を通していらっしゃらなかった。そのため15分間で結論まで伝えきれなかった場合もあった。それでも、あらかじめ読み込んでくださったジャッジとは有意義なやり取りができ、この点では満足している。予想していた通り、発明などでない作品に対しては時間内に理解できる量と身近な対象、さらに実用的な展望があるものが望まれているのだと感じた。

日本人は権威に弱いといわれるが、ノーベル賞はその最たるものかもしれない。しかし、ノーベル賞学者の説でも時代が変われば否定される可能性はある。ただし、それはその受賞者とその研究に対する態度を否定するものではない。実際フリッシュの後、彼ほどの足跡を残したこの分野の研究者はまだ存在していないと考えている。

今後は今回ISEFのカテゴリーにあてはめるべく元の日本学生科学賞の受賞作から切り落としてしまった数理学的分野と、文献考察分野についてまとめ、しかるべきところに提出し、一旦この問題から距離を置こうと思っている。一方でこの研究が生物学としては異色のものだったように、私自身も「変わった」高校生(私の通う学校内には女子高生という言葉は存在しない。)でありたい。

最後に、今回のISEF行きを支えて下さった皆さん、また、それ以前からずっと見守って下さった皆さん、本当にありがとうございました。多くの意味で普段なら不可能な経験を積むことができました。この場を借りてお礼を申し上げます。

恐竜の町と私の6日間

Project Title: Enhancement of antibacterial activity by starch under oligotrophic culture condition for an actinomycetes strain isolated from schoolyard soil

埼玉県立春日部女子高等学校 藤岡 亜矢

IMG_0102tr.jpgISEFのファイナリストに選ばれたと聞いたときは信じられない気持ちでした。ISEF本番に先立って実施された研修会では、多くのことを学ばせていただきました。ISEF当日までの準備期間はやることがたくさんあって、忙しく準備を進めているうちにあっという間に当日を迎えてしまったように感じています。

ISEF出発の日、ピッツバーグへは飛行機で約13時間、機内では緊張のあまりほとんど眠ることができませんでした。着いたその日からアメリカでの1日目が始まりました。1日目はまず登録などを済まして、夜にはピンバッヂ交換会がありました。はっぴを着た時から、Where are you from?  Pictures OK? と聞かれてひたすらピンバッヂを交換して写真を撮って終わりました。休む暇もなく慌ただしく過ぎました。

次の日はポスターの設置と発表練習。ポスターの組み立ては何の問題もなく終わりました。3日目、4日目の夜にはダンスパーティーやウェルカムイベントが開催。どちらもすごく楽しいイベントでしたが、特にダンスパーティーのほうは熱気がすごく大変エキサイティングで盛り上がりました。

4日目にはいよいよ審査がありました。私は、あまり緊張せずに臨むことができ、審査員の方からの質問は難なく答えることができました。しかし、質問は流暢な英語で話しかけられたため、速くて何を言っているのか聞き取りにくく、通訳の方に頼ることが多くなってしまいました。事前に、本校英語科の先生方やALTの先生方にご指導いただきましたが、それでも英語力のなさを痛感しました。                       

審査の次の日は一般公開でした。浴衣を着ていたので、はっぴのときよりも目立っていたと思います。外国の方が浴衣に興味をもってくれて、それがきっかけで交流もスムーズにできたのがよかったと思います。

表彰式では、日本チームはスペシャルアワードで1人、グランドアワードで4組が受賞しました。私たちは入賞が叶いませんでしたが、日本チームに多くの受賞者がでたことは嬉しく誇らしく思います。

表彰式の日の午後には市内観光があり、これが初めての息抜きの場になりました。

今回のこの派遣を通して、普通では経験できない貴重な体験をすることができました。特に、同じ科学研究をしている人たちと交流ができたことはとても刺激になりました。今回の経験を糧にしてこれからもよりよい研究を目指したいと思います。

最後になりましたが、読売新聞社とお世話いただいた多くの方々に厚く御礼申し上げます。

ISEFでの一週間

Project Title: Effect of Eggshell Membrane on Inhibiting Food Discoloration

米子工業高等専門学校 前田 千澄

 _DSC3457.jpg私たちはこの研究テーマを始めたときから、Intel ISEFで発表することを目標としていました。だから、JSEC(高校生科学技術チャレンジ)で花王賞をいただき、海外で発表できるチャンスを得られたときはとてもうれしく思いました。しかし、楽しみな気持ちと同じくらい、不安に思う気持ちがありました。自分の英語は相手に伝わるのか、もし全然通じなかったらどうしよう、そもそも英語あんまり話せないのにいろんな国の人と仲良くなれるかな、などです。また、私は海外に行くのは今回が初めてだったので、少し怖い気持ちもありました。

しかし、実際にアメリカに行って現地の人と話してみて、不安や怖さはほとんどなくなりました。やはり私の英語はあまり通じず、単語しか言えない時も多々ありました。しかし、他のファイナリストや観光の時に行った現地のお店では、私が英語は得意でないとわかると、簡単な単語に変えようとしてくださったり、私がなんとか答えようと単語をつなぐと分かったって言ってもらえたりなど、すごく優しい人ばかりでした。また、体調のことや荷物のことなど、細かいところまで気を配っていただいたおかげで、安心して過ごすことができました。

ISEFの会場には、Tシャツや帽子、ペナントなどを売っているところがありました。ISEFオリジナルのものばかりだったのでとても楽しかったし、どれを買おうかすごく迷いました。オープニングセレモニーや一般公開の時には、みんなで法被を着ました。一体感が出て、みんなで頑張ろうという気持ちになりました。学生科学賞のみなさんは浴衣を着ていたので、日本を華やかにアピールできていてすごいと思いました。本番の審査では、通訳の方に頼りっぱなしで、自分たちで答えるより多くの時間がかかってしまったので、自分たちの伝えたいことが十分に伝わっていないかもしれないと思い、反省しています。結果も出なかったため悔しかったですが、自分の言語力や理解不足を見つめなおすことができたので、よい経験になったと思います。

ISEFの一週間はイベントがたくさんあったので、あっという間に感じました。観光の時に行った博物館ではたくさんの種類のきれいな結晶を見ることができたし、珍しいお土産も見つけることができました。また、現地の買い物ではなかなかアメリカのお金を使うことに慣れず、聞きとれなくて会計に時間がかかってしまったこともありました。自動販売機でも苦戦しましたが、挑戦し続けて何とか買えるようになりました。アメリカでは時差ぼけも危惧していたのですが、飛行機での移動時間にたくさん寝たおかげか、あまり時差ぼけをつらいとは思いませんでした。しかし、日本に帰ってからは昼間眠くて大変でした。

ISEFに参加できたことは、自分にとって忘れられない良い経験になりました。外国の方とも交流ができたし、日本のファイナリストのみなさんとも、事前研修などでだいぶ仲良くなれたと思います。この経験を生かして、自分に自信をもってこれからの研究をしていきたいです。

Intel ISEFを終えて

Project Title: Effect of Eggshell Membrane on Inhibiting Food Discoloration

米子工業高等専門学校 松井 千佳

_DSC5238.jpgIntel ISEFでの1週間はとても濃い時間で、ISEFの雰囲気、期間中にどんなことをするのかをほとんど知らずにいた私は毎日Intel ISEFという大会の規模に圧倒されていました。

1日目に行われたピンバッジ交換会は飛行機の遅れのため終了時間直前からの参加。終わり頃だしあまり交換できないだろうという諦め気分で会場入りすると、まだ人が残っていて、目があったらすぐに声をかけてくれる外国の人たちの信じられないくらいの勢いの良さに驚きつつもバッジを交換していくと、私の好きな日本の音楽グループを好きだという女の子に遭遇!!英語で好きな歌の話をするなんて想像していませんでしたが、話すことが面白く1日目から次の日を楽しみにしていました。

3日目の審査の日では会場に入る前から他のファイナリストの緊張を感じていました。しかし審査が始まると休憩する時間がほとんどなく次から次にJudgeの方が来られたため周りの緊張感なんてすぐに忘れてしまいました。Judgeの方々はすでに研究内容を読まれていたようで常に質疑応答。質疑ではどうしてこの研究を始めたのかといった基礎的なことから実用化の際のコストなど日本ではあまり聞かれない研究の先の部分を考えた質問が多く、研究の発展を考えてもらっていることに嬉しく感じました。しかし一方で言葉の壁も感じました。常に通訳の方に助けてもらっている状態で自分の英語の未熟さを後悔しました。次の日の一般公開日は、私がISEF期間で最も充実した日になりました。先生に良い経験になるからと言われ、前日になって一人で発表することが決まった私は楽しんで研究を伝えようと開き直ってブースにいると研究の説明をして欲しいという方が...。説明をしていると頷いたり、じゃあそれは何?といった反応を説明途中で見ることができ、伝わっているという実感を持つことができました。一人目への説明が無事に終わり調子にのった私は小学生くらいの子供たちの集団に発表をしました。すると、子供たちは何を話しているのこの人は?という表情を浮かべていました。練習してきた発表は大人向けの内容のようでした...。そこで次に小学生が来たときから自分の言葉で簡単に伝えてみると小学生からも質問をしてもらうことができ、ISEF期間で一番の喜びを感じました。小学生からおじいちゃん、おばあちゃんまで様々な年代の方に発表をするのは初めてでしたが、質問をくださったり、ポスターや研究内容を褒めてもらえ、伝えることの面白さや楽しさ、伝わる嬉しさを感じる充実した1日でした。

Intel ISEFを通し、同世代の科学者たちと多く出会い日本と世界との科学への思い、意識の違いを実感しました。発表を聞きに来て理解しようとしてくれた小学生や高校生の真剣な表情、自分の研究に自信をもったファイナリストの堂々とした姿をみて私の科学に対する考え方の甘さを感じ、恥ずかしくなりました。ISEFで経験させてもらったことを忘れずに自分の科学に対する意識を見つめ直し、この気持ちを忘れずに将来に活かしていきたいと思います。

最後に今回Intel ISEFに参加するにあたりお世話になりました朝日新聞社の皆様、NSSの皆様、先生、そしてチームの2人にこの場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

Intel ISEF 素晴らしい非日常

Project Title: Simple and Inexpensive Method for Measuring Ozone Concentration Using Sodium Nitrite

大阪府立千里高等学校 山根 直人

_DSC3042.jpgISEFへの派遣の感想を一言で表すと「とても素晴らしい非日常だった」です。英語での発表、ピンバッジ交換や様々なパーティを通しての他国の研究者との交流、とてもエキサイティングな開会式、どれも自分にとっては初めての体験でとても楽しかったです。今となっては飛行機の遅れのせいで5時間空港で待機させられたこともいい思い出です。その中でも特に印象にのっこたのはやはり発表です。はじめはとても緊張していましたが海外の審査員はとても優しく、良い反応をしてくれたので後半は落ち着いて発表できました。ISEFでの発表を通して、発表する際に大切なことは自信を持つことだとも強く感じました。また他国の研究者のレベルが高く、工夫されている研究内容や発表を見たことで刺激を受けてこれからも頑張っていこうと感じました。

そして今回のISEFへの派遣は楽しかっただけではなく、準備や研修会、実際のISEFを通じて様々な大切なことを感じ、学ぶこともできました。

その中でも自分がこれから頑張っていかなければと痛感した事は英語でのコミュニケーションです。英語のコミュニケーションというのはもちろんプレゼンや質疑応答だけではなく雑談なども含んでいます。他国の人はヨーロッパや韓国、台湾等の科学が発展している国はもちろん、アフリカなどの発展途上国の人も流暢な英語を話していて、私たちは聞き取れずタジタジしてしまうことも多かったです。もし私たちがもっと英語をうまく話せれば、プレゼンや質疑応答がよりうまくいくだけでなく、他国の研究者との交流をもっと楽しめたと思うと残念でした。

これから先、世界ではさらにグローバル化が進行していき、現在の世界的な標準語である英語の重要性はますます高くなっていくはずです。たとえ研究職や開発職ではなくても英語を話せなければいけない時代はいつか来ます。そのため英語をもっと頑張っていきたいと考えました。

また僕はあまりダンスパーティなどになれていないため、アメリカ人のノリにのれなかったのでそういうアメリカの文化や習慣にも慣れていかなければと思いました。

しかし、どれ程グローバル化が進んだとしても私たちは日本人なので日本人としての誇りを忘れず、国の歴史や習慣を大切にしていきたいとも強く感じました。そのため研究や英会話を頑張ることも勿論大切なことですが、これからは日本の歴史や文化についても触れてしっかりと学び、国際化社会の中でも外国に染まり過ぎず、しっかりと日本人としてのアイデンティティを持って日本人でよかったと思えるように生きていきたいと思いました。

またISEFでは残念ながら入賞することができませんでしたが、ISEFでの体験は誰でもできるものでなく、その経験は今後の人生でも役に立つと思います。このような体験は様々な人の助けがなければできませんでした。顧問の先生、同時測定に協力してくれたクラスメート、NSSの方々、朝日新聞社等のJSECやISEFに関わって頂いた全ての方々に感謝しています。

Intel ISEFに出場して

Project Title: Mg ions in the skin mucus of anemone fish block nematocyst discharge of sea anemone to its symbionts

愛媛県立長浜高等学校 山本 美歩

_DSC3310.jpgISEFへの派遣がきまったときは、すごく嬉しくてワクワクしました。しかし英語でのプレゼンや質疑応答、たくさんの不安も出てきました。私はあまり英語が得意ではなく、言いたいことを英語にして話すとなると、それはすごく難しいことでした。なのでまず、頭の中で英文が立てやすいように、日本語で瞬時に質問に対して答えられるように練習しました。その後、実際に先生に審査員の役をやって頂きながら、プレゼンや質疑応答練習をしました。プレゼンは、ただ単に暗記した英文を話すだけではなく、相手に分かりやすいようにそして何より、自分たちの研究に対する熱意が伝わるように頑張りました。一番苦労したのは、質疑応答練習です。言いたいことは分かっているのに、言葉が出てこず歯がゆい思いを何度もしました。

 研修会では、他の出場者たちと筑波へ行き発表の練習やISEFで大切なことなどを教わりました。このとき、初めて会った出場者の方もいました。みんなと仲良くなれるか心配でしたが、すごくいい子たちばかりですぐに打ち解けることが出来ました。

ついて早速、外国の方たちのサポートのもと練習が始まりました。実際にネイティブの方と本番に近いやりとりが出来たのが良かったです。そして印象に残っているのは、宿題が多かったことです。英語を覚えてくる宿題や日本語の答えを英語にしてくる宿題がすごく時間がかかって大変でした。NSSの方には夜遅くまでつきあって頂きありがとうございました。

最終の研修会では、英語で覚えたプレゼンをみんなさん前で発表し、英語で質問をしてもらいました。ここでは、自分たちでは予想していなかった質問などもあって、日本語でしか答えられない場面も多々ありましたが勉強になりました。

研修会から帰って、学んだこと教えてもらったことを参考に毎日英語の練習をしました。想定問答集を作りランダムに先生に質問をしてもらう練習は、一番力がついたと思います。

そして、5月10日私たちはついにアメリカへ旅立ちました。私は、海外旅行初めてだったのでワクワクとドキドキでいっぱいでした。アメリカは、町並みも人も食べ物も文化も、当たり前ですが日本とは全然違っていて目に映る物全てがすごく新鮮でキラキラして見えました。ピンバッチ交換やダンスパーティーでは、色々な国の人と関わることが出来てとても嬉しかったです。世界の色々な人にいっぺんに会うことが出来るなんてなかなか出来ない貴重な体験だと思いました。友達もたくさん作ることが出来て良かったです。

審査の日当日は、朝から緊張していました。しかし、この日のために今まで頑張ってきたのだから、全力を出しきって悔いのないようにしたいと思いました。その日初めて会った通訳の方は、すごく親切で優しい方でした。私たちが緊張していると「審査員の方は、あなたたちの人間性を一番に見ます。だから、この研究が好きなんだという気持ちを大切に笑顔で楽しんで発表しなさい。」といってくださいました。楽しんで発表するという言葉は、少し意外で失敗しないようにと、そればかり考えていた私の心を軽くしてくれた気がしました。審査員の方たちは、私たちが笑顔で挨拶をすると優しくフレンドリーに対応してくれました。私が嬉しかったのは、審査員の方たちが私たちの研究 に興味を持って色々と質問をしてきてくれたことと、私たちが一番アピールしたいところを話すと、確かにそれはすごいね,おもしろいねと共感してくれたことです。審査が全て終わった後、結果はどうなるか全然分からなかったけれど、スッキリした気持ちになりました。全力を出し切れたと思います。

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結果発表の日、私たちのアニマルサイエンス部門は最初に表彰がありました。自分たちの名前が呼ばれるかどうか、ドキドキしましたが、心の準備をするまもなくすぐに私たちの名前が読み上げられました。驚きで頭がいっぱいになりました。舞台に立ち、他の受賞者たちと喜びを分かち合ったとき、賞を取ることが出来たのだと実感しました。本当に嬉しかったです。大きな緑色のISEFバッチは私の宝物 です。

私たちがここまで来るには、たくさんの方が関わっていて、その支えなしには決してこうした結果を得ることは出来ませんでした。本当にありがとうございました。私たちは、ISEFで学んだことを大切に研究を続けていきます。精一杯頑張りますのでどうかこれからもよろしくお願いいたします。

(禁無断転載・コピー: 掲載写真はすべて日本サイエンスサービスによるものです。写真提供も行っておりますので、お問い合わせください。)